[つぎのくらしは]vol.1 建築家が求めた広場のように集える暮らし
どこに住む? どう暮らす?
心豊かな時が流れる
「つぎのくらし」の見つけ方
【今回、登場するのは…】 小嶋良一さん - profile - |
“どうして家づくりをしたいんだろう”
「最近、4歳児の息子が妹とケンカしちゃうのは、家が狭いからだね」。そんな子育ての気づきから、家づくりの話が持ち上がったという小嶋良一さん。子どもたちがケンカする理由の一つに空間の狭さがあり、それがストレスになっているならば、家づくりで解消したい。そう思っても性急に事を進めようとはしなかった。建築家として日々、家を建てたい人に根源的な問いを向けてきたからかもしれない。
<どうして家がほしいのか>。
自邸を得るにあたって自問自答していった。「タイミングだからとすぐ踏み出す前に、理由を掘り下げる必要があります。家は大きなお金が動き、人生にとって長い付き合いになる。だからこそ、目的を明確にしておくべきだと思うんです」
家づくりの話し合いでは、衝突することなく、自然に同じ方向性でまとまっていった小嶋夫妻
子育て、内装、住む場所のこと。小豆をコトコトたくように、夫婦で時間をかけてひとつずつ話を重ねた。
「子どもとの暮らしに照準を合わせた家づくりは、あとで無駄になったり使いづらくなったりすることが多い。子育て期間はせいぜい10年。それも成長とともに変化していくものだから、子ども中心の家にするつもりはありませんでした」。
ではどんな家にしたいのか。思い起こされたのは、幼少期の優しい情景だ。父に遊んでもらった記憶、母の無償の愛情。親から受けたぬくもりを、自分も子どもに分けてあげられる住まいにしたい──。
長期的な住みやすさに軸足を置きつつも「彼らが巣立つまでの貴重な十数年をいかに大事に過ごすか」ということが、重要なテーマになった。
本を読んでいるお兄ちゃんを見つけると、妹も絵本を手に隣の席へ。お互いに刺激を受けながら育つ2人。キッチン前には子ども目線のプレイコーナーを設置
“無垢の床に住めないなら、家はいらない”
子育てと並ぶ大事なテーマとして、夫妻で確認したのが「無垢材の床」。長男が1歳になるまでの5年間を過ごした賃貸物件で、その心地よさのとりこになったそう。
「一度味わったら、無垢でない床には戻れないと実感しました。その後、育児しやすい環境を求めて妻の実家の近くに引っ越したものの、2人ともあの感覚は忘れられなくて」。
歩くたび、座るたびに、呼吸する木肌のサラサラした感覚に触れる。体感的な心地よさに加えて、時間とともに深みを増す視覚的な変化も魅力。
「もし予算などの条件で無垢の床に住めないなら、家はいらないね」。そう口に出して頷き合ったのだった。
床は、オークの無垢材を採用。落ち着いた色合いと節のある素朴さが、踏みしめるたびに優しい心もちにさせる
“お金も大事”
無垢の床に端を発して、自然素材全般、そして経年変化が美しいアンティーク家具にも魅了されていった小嶋さん。家づくりを前に、その思いがあふれ出す。
「床はもちろん、手に触れる壁や建具も自然素材にしたい。家具にもこだわりたい。だから、予算面でインテリアや間取りを妥協するくらいなら注文住宅でなくていいという結論に至りました。中古物件を買ってリノベするほうが間取りやインテリアに予算を割けます。ローンを目いっぱい組んで動けなくなる心配もない。自分たちの求める暮らしを、経済的にも心理的にも余裕をもってかなえられるようにしたかったんです」
ダイニングテーブルは、100年前のフランスで使われていたもの。「無垢材だから傷やシミも味になるのが素敵です。大事にすれば、また100年使えます」
アンティークの戸棚やオープン棚を壁に造り付けたキッチン。ヴィンテージのスケールやランプなど、愛着ある物を並べて
左は、拾った落ち葉でウサギを描いた長女の「葉っぱアート」。同様に葉をアーディスティックに並べた右の作品は、なんと1895年にフランスでつくられた骨董品
“駅近をやめてみた”
職場である建築事務所をたまプラーザへ移転したこともあり、新居はその近くで探そうと2人で決めた。しかし、人気エリアの駅近は土地の価格も高く、いい物件が見つからない。
そこで発想を転換し、事務所を挟んで駅と反対側のエリアも視野に入れることに。「駅近の条件を捨てると価格が安くなるだけでなく、周辺に自然が多いという好条件が加わりました。目の前が森という恵まれた眺望と十分な日照、広さや構造なども含めて、完璧な物件でした」。
家探しでとらわれがちな「駅近」という固定観念を捨て、自分たちに必要な条件をじっくり見つめ直した小嶋さん。プライオリティを明確にしたことで、理想を引き寄せることができたのかもしれない。
寝室からも、室内窓越しに外のグリーンを堪能できる。眺望は物件選びの重要な条件の一つだった
“この先の暮らしの変化も考えて”
「理想を言えば、庭があるといいなとは思います。だけど今、目の前に緑が広がる空間で、すぐ近くに公園もあるから、それでも満足。もしかしたら先々、田舎に越したくなるかもしれない。親の近くに住み替えるかもしれない。そんな時でもこの物件は、築35年経過しているので、資産価値がこれ以上、値崩れしにくい安定した状態。万が一、売ることになってもリスクが少なく、ニーズがあります。しかも手頃な分、内装にお金をかけられる。自然素材を選べば、リフォームしてキレイにしないと売れないということもない。この先のことも含めて緩やかに暮らしをつなぐための選択でした」
階高が2.9mもある縦空間を活かし、天井を取り払って床を下げたことで、2.65mの天井高に。マンションとは思えない広がりを味わえる
“僕らにとっての心地いいを見つける”
小嶋さんが建築家として考えてきたことの一つに「心地いいとは?」という命題がある。思い至ったのは、陽気のいい季節に川遊びをしたときのこと。清涼な水に足を入れ、風がそよぎ、木漏れ日が降り注ぐ。五感いっぱいの幸福感に「これより気持ちいいことはないよね」と思ったそう。そんな誰でも感じる「普遍的な心地よさ」を、家づくりでは採光や通風、自然素材で取り込む一方、「個人的な心地よさ」があることにも気づく。
「例えばキャンプが好き、あるいは音楽が好きなら、それはなぜなのか。心地いいと思うものやことについて、どうしてそう感じるのか。『自分にとっての心地よさ』を考える時間も大事にしてほしい。そうすることで表層的なものと、本質的に住まいに必要なものが見えてくるから」。建築家としての願いとともに、自身の家づくりでも家族と自分と丁寧に対話し、見つけていった。
和室をリビングスペースに取り込んで広くてオープンなLDKに変更。ベランダ側の窓から入る風と光は、室内窓ごしに寝室まで届けられる
リビングに飾られた親子のコレクションブース。キャンプに行くたびに川などで見つけたユニークな石が増えていく
「僕たちにとって大切にしたい心地よさは、つながることでした」。親から受けた愛情を子どもへつなげる。古い家具や自然素材を手直ししながら、時間や時代を過去から未来へつなげる。家の前の森や公園で季節を感じ、人と関わり、地域とつながる。引いては地球とつながる感覚。
「息子が言うんです。ウチってボロくない? 新しい家なのに、パパはまたボロい家具を買ってきたって」と、おもしろそうに話す小嶋さん。「最近になって、ボロいのではなく時間をつなげるものに囲まれているんだとわかってきたみたい」と相好を崩した。
クワガタが大好きな父子は、キャンプでクワガタを採集し、育て、死んだら標本に。森で体験した自然を家の中でも地続きで感じられ、「命の学び」となっている
“ずっと仲良く過ごせるように”
長く住むことも売ることも念頭に、設計をスタート。狭くてケンカしていた子どものストレスを減らしてあげたい。好奇心を育める空間にしたい。家族がこの先もずっと仲良く過ごせる関係性をつくりたい。そんな思いから生まれたのが、なんでも同じ空間で一緒にできる「アトリエのような家」だった。
「オシャレな空間をキープするには、LDKとは別に子どもの遊び場を設けるのが一般的。でも、僕らはむしろ、空間を分けずにみんなで広場を使い倒す暮らしがしたいと思いました。リビングを自由度の高い空間にして、合宿のように、家族一緒にプロジェクトに取り組むと結束力が高まるんじゃないか。暮らしながら家族がひとつになれるようにできないか。そんな風に考えていきました」
ダイニングで、その隣の仕事机で、キッチンで、それぞれがやりたいことに没頭していても、子どもに「ねえねえ」と聞かれたらすぐに応えられるオープンLDK
6畳の広さがあるリビングでは、興味のおもむくままに体を動かしたり、工作したり。壁面収納には段ボールでつくった長男の秀作がズラリと並ぶ
LDKは、アトリエとしても使える広さを確保。寝室にいても室内窓越しに、LDK、ベランダ、その先の森まで一望できる。シームレスに気持ちがつながる『心理的ワンルーム』の間取りで、寝る・食べる・勉強・仕事・DIYと、なんでも一緒にできる暮らしになった。
「長男がダンボールを使って、大小さまざまなオモチャを作って遊んだり。夜は僕が仕事をしたり。どこにいてもお互いの姿が見えて、風や緑も感じられます。将来、子ども部屋を2つ増やして3LDKにもできる間取りです。この先、変わることがあるかもしれない未来を受け入れつつ、豊かな心持ちで子育て期を過ごせる環境。その意味において中古リノベは良い選択だったと思っています」
撮影/吉田真
ー DATA ー
物件竣工/1983年
リノベーション竣工/2018年
専有面積/71.50㎡
専有リノベーション面積/71.50㎡
家族構成/小嶋さん46歳、妻40歳、長男8歳、長女5歳
【 聞き手 】
樋口由香里
雑誌、書籍、広告の編集・執筆を行う。住宅に関わって20年。「住まいを考えることは暮らしを考えること」だから、この先の生き方や家族の関わりを見つめ直す機会にしてほしいと願う
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